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2008.04.26[土] 共存できない理由?

・本当に今更ながら、自分の強力な依存的性格に嫌気がさしている。自分に有益なもの(即効性のある物・金など)をもたらす人などに、人生を「責任転嫁」する(と断言していい)。そしてそんな性格に対して、抗うつ薬による薬物療法は無用だ。安定剤や眠剤はよく効くと実感できるが(アルコールの作用と同じ感じ)。

・なんかもういいや。この話の結論は自分でわかってる。これをこのまま続けることが「心の拠り所」「心の自由」「心地よさ」には繋がらない。いくら女(雌)に対して許容範囲が広い社会であっても、生きられないもんは生きられないだろう。ゴキブリという生物の存在を認めてはいるが、いざ自分の部屋にゴキブリが出たら一刻も早く抹殺しようとするようなもんじゃないか。
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2008.04.24[木] 共存できない理由?

・「バカは風邪を引かない」の本当の意味は、「共同体の中で風邪が流行っている時に“義務”を果たさない(一人だけ風邪を引かない)」すなわち「みんなやってる時に一人だけしてないのはバカだ」という、風邪を「病気」ではなく「共通文化」として捉えた上で、同じ文化に染まらないものを排除することを示唆した言葉なのである。と、昨日部屋整理して出てきた大学時代の講義ノートに書いてありました。まさか、こんなタイミングで役に立つとは思いもよりませんでしたが、とりあえず写したい部分を写したら捨てました。この調子でどんどんモノを減らせ!今の私には「心の拠り所」「心の自由」「心地よさ」が必要なんだ、という所までは自分の実感として辿り着いた。

・「病気アイデンティティー」の根源には、「病気」に与えられた社会的地位がある(例:仮病)。それは「病気」には与えられるが、「狂気」には与えられることを許さない(現代社会においては)。さて、頭の病気は「病気」だろうか、「狂気」だろうか。はてさて、「私の」頭の病気は、果たしてその「社会的地位をもつ病気」の条件を満たすだろうか。少なくとも4年前、最初に抗うつ薬(パキシル20mg/day)を処方された時は、当時の会社の人たちの協力を得られたこともあって「社会的・病気アイデンティティー」を(あえて書く)堂々と持ちながら生きることができたのは確かだ。しかし会社を辞め、「協力者」を失ったひとりの私にとってはただの「狂気」でしかなかった。この当時は「無知と偏見」は周囲だけでなく自分にも大いに言えることだったので、「当然社会に認められるべき、素晴らしき病気アイデンティティー」だけで闇雲に暴走するしかなかった。タチ悪いですね~。

・ちなみにこのパキシル、第三世代の抗うつ薬として「副作用が少なく、薬価も高い」為、精神化領域にとどまらず乱発されていたようです(今も?)。そもそも向精神薬(精神疾患の治療を目的としたもの)の類は、薬物依存を防ぐ為に飲みづらいように作られている、ということを聞いた事があるので、「副作用が少なく」の謳い文句は一見患者に良心的であるかのように見えるが、実は処方する側にとって、お金儲けの口上として用いりやすい滑らかな文句なのだ。実際、副作用が少なく「ない」し。その上「ビリビリ」(←人によって呼び方は様々、「シャンシャン」等と表す人も)という離脱作用まで引き起こす、なのに肝心のうつの症状を改善することもない。そして高い。そんな薬を約一年間飲み続けてしまった。大損失。まだつづく。

2008.04.23[水] 共存できない理由?

・年をとるにつれて「アイデンティティー」という言葉を好んで使わなくなったなぁ、と思う。しかし私は病院で頭の薬を貰うようになってから「社会的発病」というアイデンティティーに支えられて、否、依存して生きてきた。ある面でこの4年間は大きな喪失(経済的には間違いなく大損失)だったと思う。

・初めて頭の病院の門を叩いたのは2004年の1月、社会生活に支障を来し始めてから多分4ヶ月後ぐらいだったと思う。実際には、それ以前にも、学生時代にも、「症状(便宜的)」は確かにあった。だがそれらが社会生活に支障を来すものではなかったので、「病気のアイデンティティー」ではなく「当然社会に認められるべき、素晴らしき個性のアイデンティティー」として存在し続けた。

・…あっという間に限界、PCに蝕まれるもう駄目だ。つづく。
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