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2008.05.31[土] 時間の感覚恐ろしく

・3月はとにかく長かった。4月はあっという間だった。そして5月は普通だった。でも、まだ5月だったのか。まだまだ今年は長いな。何だかここのところアグレッシブな記事タイトルが目立つんだけど、別にアグレッシブな暮らしをしているわけでもなく。昨日は気持ちの整理というか、一段落つけとこうとしたらあんな詭弁のような物言いになったわけなんだけれども、それ以外はほぼ、(井上さんの若々しい)五右ェ門にデレデレしながら一日を終えるのが日課となりつつある…。着ボイスでも作ろうかしら。

・「己を聴け」の根幹として、まず自分の頭にある美意識に常に忠実であることが必要で、それをキープする為にはその時々の脳内美意識の近似値を地道に探っていく作業を繰り返さなければいけない。飽きる前に火消しに走っては絶対にいけない。そんなことを繰り返していたら、いくら好きなことだって身に付けたいと思ったって、身に付かない。…せめて戦いに出るのに最低限必要な、武器と防具は用意してほしいと思うんですよ、そちらさんで。人柱になりに行ってるわけじゃないんすよ、こっちは。ただ打たれ強いだけのやつでいいなら何故中途半端に選り好みなどするのか。と愚痴は終わり終わり。未だに酒も飲めない(コーヒー・タバコはクリア)ので逞しい妄想力と楽観視をもって切り抜けるぞ。
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2008.05.30[金] 戦うべき相手

・問え、問え、今こそ。問いかけなければゼロのまま。
他人の前では自分の全てが「問い」になる。
自分が驚くほど成長していないのに気付く。
「禁止」の妄想から抜け出せ。
「自信」とは別問題。
但し、うそを問うてはならない。ふんばりがきかなくなるからね。

・大義名分など必要ない。やりたいことをやれない(やらない)、あるいは特にやりたいこともない、ならば、「やりたくないことは必ずやらない」という必要はないはずだ。そして、やりたくないことをやっているからといって、イコールそれが好きだとか向いているとかということには、ならない。やりたいことをやらないことを選んだのであり、敗者の自分を引き受けることを選んだのだ。逃げたって追ってくるよ。いかなる状況であれ、ビクビクしながら生きる必要は絶対にない(だから家族から徹底的に逃げていることについては絶対に正解!逃げろ逃げろ逃げろ!!)。強烈な「禁止」の妄想の種を、深々と植えつけるのは誰か。

・「自分は他人と意思疎通が十分にできている」という、思い上がり。自分が気持ちよいと感じれば、それでオッケーなわけがない。「伝わった」と思うのも「伝わってない」と思うのも、しょせんただの想像でしかない。まずは信頼感のしっぽを掴むことだ、その為の努力は惜しむな(自分の生命を潰さない程度に)。

・得意なことを伸ばさず、まず苦手を克服することを優先させるとは、なんと不自然、不健康なことであろうか!いつも中庸であらねばならないと誰が教えるのか?ああそんなんじゃなぁ、将来、自分には何もない、自分の拠り所など何処にも何もないと、思い込ませてしまう、ああなんという責任転嫁の未来殺し。常に力の使いどころを間違えるような人間に教育した方が、都合がいいのか?日本では。ああもう意味わからなす。

2008.05.22[木] サバイバル

・こんな調子でしばらく妄想狂が続く予定です。

2008.05.19[月] 今宵の斬鉄剣は一味違うぞ!

・…ちょっと言ってみたかったんです。ルパンにはまってついつい時間を忘れる日々。また最近妄想力がたくましいものだから大分楽しく過ごすことができる。そしてニコ動で次元Tribute(という名の次元のPVに見える)のBGMに「smoky」を選択した主に盛大な拍手を送っている。おっと、今手元にちらっと見えた自分の詞にメロディをつけてみようとしたら、脳内で「ルパン三世愛のテーマ」になった。重症。

・『人生のエッセイ7・寺山修司「目を醒まして、歌え」』読了。心の鍵束。以下「幸福」一部抜粋。

 「しかし、心と想像力を混同してはならない。幸福はあくまでも想像力の産物であって、孤立した個人の内部の退行現象ではないのです。」

 「そして、幸福は歴史のなかの偶然的な要素を、想像力によって組織してゆく力だといってもよろしい。それは、あくまでも思想的な営みを媒介として生成されてゆくものであって、待っていればいつか訪れてくるものではないのです。」

・発売日に届くはずだった「WHY+1」が今日届いた。最後の、とってもイーグルスな曲のボーカルは健二さん?音域が低い上に歌詞は流暢な英語で、また途中まで気付かなかったんだけど(デジャヴかしら)。

2008.05.17[土] デフレカムバック

・ジャスコの88円食パンが一気に20円も値上げされてて驚いた。その他、パン類が軒並み10円~20円高くなってて、しばらくは面倒でもご飯を炊こうと決心する…。ヨーグルトも安売りの日以外は倍の値段で売ってるし。けっ。

・ミョウガフィーバー冷めず、サラダ作ってみた。半年前のゆずポン酢も使いたかったし。次はごまだれで作ろう。

材料:ミョウガ、ちくわ、ミニトマト、かいわれ、ゆずポン酢、マヨネーズ、白ゴマ、適当に切って混ぜるだけ。

2008.05.16[金] 氷水の季節

・にしてはあんまり暖かくないんだけど、数日前から氷水生活。「水」というより「氷が解けた味のする冷たい液体」生活と言った方がその実に合っている。

・涙腺が緩い。石やんの曲を実際に聴かずして「なんて優しいメロディなんだ、なんて優しい声なんだ」と思い出すだけで泣け、昨日タワレコで猫村を一気に立ち読みしては泣ける。そして昨日めちゃくちゃ久しぶりに食べたミョウガのピクルスは美味しかったな。ミョウガ買ってきて焼こうかな。ついでにシシトウも。それ以前にまともな食生活ができるようになりたいんだがいい加減。米1/3合をお粥にしてやっと食べる食生活。今日は卵とじうどんも食べれたぞ。ちょっとまし。

2008.05.14[水] 現実逃避

・理想というか希望:バカとはさみは使いよう。

・イーエックスティインテグラルさんから先週土曜日、スパムのようなライブ情報のメールが届いた(西村さんとこはよくこのような手法でメールが来たりする)。しかもそのライブが今日、南青山で…。行けるか。しかもフェンスはこの6月のライブで今年は打ち止めだという。今年まだ5ヶ月なのにもう「今年はやらない」宣言とはなんともあの方々らしい潔さですね。
Tag : FENCE OF DEFENSE

2008.05.12[月] いきてます

今はPC前に座ってられないだけです。ちょっと発狂しそうなんですがどうしたらいいでしょう。

2008.05.07[水] (無題)

・午後、職安を冷やかしたついでに近場の図書館に寄る。片道徒歩30分の大きな図書館とは違って、公民館に無理矢理本棚をギュウギュウ詰めにしてみました、感のある、窮屈な図書館だったが、漫然と本棚を眺めていると偶然『「ひらきこもり」のすすめ―デジタル時代の仕事論』(渡辺浩弐著 講談社現代新書(2002/11) )を見つけて心小躍りし、一気に読みきってきた。楽観的過ぎるという声があるが、寧ろ純粋に「ものづくり」をしようと(カネで買われるモノを作るという意識を捨てて)思ったらこれぐらい楽観的に没頭しないと、出てくるものも出てこないと思う。学生時代(札幌)の自分の姿を思い出した。自分が強く惹かれる一つのテーマについて、クオリティはどうあれ100個の作品を「作る気になって作っていた」という姿勢。ただ、当時は「何を作ってもどうしてもこれ(テーマ)になってしまう」ことを理想形だと思っていた。そしてそれを今ではネガティブな言い訳に使ってしまう。ろくに訓練もしないで、「どうしてもこうなってしまう」と、あたかもそれが自分のオンリーワンの個性であるかのように。ヘタレの言い訳はともかくとして、理想にするにはあまりにも御伽噺、夢物語が過ぎる。今、「作る気になって作っていた」頃の気骨(当時は普通だった態度)を思い出そうとしていろいろ考えて、「己を聴け」という結論を一つ導き出したんだけど、たぶん方向としては間違ってないと思う。そこから次の段階の、訓練なり学習なり(またはその自覚がなくてもある一定量をこなすこと)に進むための一つの結論。しかし、ああ、ヘタレだなぁ。

2008.05.05[月] 釈迦も達磨も猫もしゃくしゃく

・健康のバロメーターの一つであるタバコが、やっと「元通りに」吸えるようになった。ハイライトメンソールではどうにもきつく、部屋にもくもく煙が立ち込めるのも「うげぇ」となって、普段吸わない軽いタバコや煙の少ないタバコなどで代用していた(「吸わない」という選択肢は無し)が、今日やっと愛しのハイライトメンソールに戻すことができて嬉しい。ついでにフェイバリット銘柄が増えた。キャスターの3mgメンソール。大昔にキャスターマイルドを吸ってたことがあるが、あのバニラフレーバーにメンソールが混じって、デザートのようなタバコだ。同じ290円だし併用しよう。そしてこれで過食傾向も抑えられるといいが。

・初そうめん、初エアコン、初フルアップで外出。夏が来る。しかしまだ動けない。動かない?

2008.05.03[土] ありえない

部屋掃除してたら、テレビのリモコンなくなった…。

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2008.05.01[木] 一日動いて一日休み

・そんなペースになっている生活(これでも元気になった方だ)。未だ全く生産的な活動をしていない。もう実質8ヶ月ぐらい…。どんな身分だよ。

4月27日の記事の番組にて、上野女史は松井さんの絵画を評して「自傷系アート」とか呼んでいたんだが…

…自傷にアートもクソもないわっっ!!
(当人的には)

とあらためて思い出して憤ってしまった。またNHKもご丁寧にテロップとか出してなかったかなぁ。そんなホヨホヨのコトバで括って誰が納得すんねん!~系とか、本人が言うならまだしも(絶対に言いそうにないので憤ってるわけだが)…。それで社会的位置づけを片付けたと思えるのか。この物言いだと「自傷」と「アート」の両方の役割を貶めているように聞こえるんだが。もし「自傷」に「癒し」の意味を込めて使っていたのなら、許せないわけでもないが、いや、でもこの使われ方は一見そのように見えない…。文脈で「ジェンダー化された痛み」とか出てきたし(うわぁぁもぉぅたくさんだぁぁ)…そんな風に並べられるとなぁ…いや~、まとめるぞまとめるぞ、おさめるぞおさめるぞ、という番組制作意図があって(そっからはみ出る強さが十分にあるから安心しているのだが)、その意図にはきれいに沿ってるように聞こえるからいいんだろうけど…。

・わかりづらい・伝えづらい・或いはわからないもの(「松井さんの絵画」「自傷」「アート」)を、さも理解できたかのように表現する(「自傷系アート」)、という姿勢が気になるんだろうな、でもそうしないと落ち着けないもんなぁ。難しいなぁ。逆に、意味がある程度限定されている言葉(「自傷」「アート」)の羅列が不相応だと感じるんだろうか。煮詰まってきたのでやめやめ。
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